2025年8月、横浜市栄区にある「田谷の洞窟」を訪れた。
正式には「田谷山瑜伽洞」という。
定泉寺という寺の境内にあり、横浜市の地域史跡として登録されている洞窟である。横浜市によれば、鎌倉時代以降に徐々に内部が広げられ、江戸時代にも修繕や彫刻が行われ、幕末の1862年ごろにはおおむね現在の姿になったと伝えられている。横浜市役所

この日、ここを訪れたのには一つ理由があった。
御府内八十八ヶ所を巡り終えた、その結願の報告をしたかったのだ。
東京のお遍路を一寺ずつ巡り、八十八ヶ所を終えた。
そのあとに訪れた田谷の洞窟で、私は一人、読経することになった。
これが、思っていた以上に忘れられない時間になった。
横浜の小さな寺に、巨大な地下空間がある
田谷の洞窟があるのは、横浜市栄区田谷町。
観光地として巨大な門がそびえているわけでもなければ、山全体に大伽藍が広がっているわけでもない。
定泉寺という寺の裏山に、その入口がある。
ところが中へ入ると、外から見ただけでは想像しにくい世界が広がっている。
横浜市の資料では、洞窟は真言密教の修行場として造られたものと伝えられ、上下三段、延長1キロメートル余りに及ぶ規模になったとされる。
内部には弘法大師をはじめ、四国八十八ヶ所、西国三十三所、坂東三十三観音、秩父三十四観音などに関係する仏像・仏画が数多く彫られている。横浜市役所
つまり、ただの洞窟ではない。
長い時間をかけて人の手で掘られ、祈りと修行の空間として形づくられてきた場所なのじゃ。
外から見るだけでは、その奥行きは分からない。
それが面白い。
真夏なのに、洞窟の中は涼しかった
訪れたのは8月。

外は真夏だった。
ところが洞窟へ入ると、空気が変わる。
涼しい。
光も少なくなる。
外の音も遠ざかる。
それまで身体を包んでいた夏の暑さから、すっと切り離される。
外の世界から地下へ降りただけなのに、別の場所へ来たような感覚になる。
考えてみれば、人間の気持ちは周囲の環境からかなり影響を受けている。
明るさ。
温度。
音。
匂い。
天井の高さ。
壁との距離。
普段はあまり意識しない。
けれど、田谷の洞窟へ入ると、それらが一気に変わる。
すると、不思議と自分の意識まで変わっていく。
外にいたときよりも静かになる。
歩く速度も落ちる。
自然と、目の前に意識が向く。
「心を落ち着けよう」
と努力しているわけではない。
場所そのものが、人間を静かにしてくれるのじゃ。
たまたま、誰もいなくなった
そしてこの日、偶然の時間が訪れた。

洞窟の中に、誰もいなくなった。
たまたま他の参拝者と重ならず、貸切のような状態になったのだ。
せっかく御府内八十八ヶ所を結願したのだから、ここで読経しようと思った。
洞窟の中で、一人、経を読む。
声を出す。
すると、自分の声が洞窟の中に響いた。
普段、家や寺の本堂で読むのとはまったく違う。
声が壁に当たり、返ってくる。
また声を出す。
また響く。
その繰り返しが、とても心地よかった。
誰かに聞かせるためではない。
上手に読む必要もない。
ただ、自分の声だけが洞窟の中に響いている。
御府内八十八ヶ所を巡り終えたことを報告しながら、しばらく経を読んだ。
あの時間だけは、
洞窟全体を一人で使わせてもらっているような感覚だった。
八十八ヶ所を巡り終えて
御府内八十八ヶ所は、東京にある弘法大師ゆかりの八十八ヶ所の札所を巡る霊場である。
八十八ヶ所というと四国遍路を思い浮かべる人が多いじゃろう。
けれど、江戸にも弘法大師信仰を背景として八十八ヶ所の札所巡りが成立し、現在まで受け継がれている。
一寺参れば終わるものではない。
一つずつ巡る。
そして八十八まで行く。
始めたときには、八十八という数字はかなり多く見える。
けれど実際にできることは、
次の一寺へ行くことだけじゃ。
一番から八十八番まで一気に進むことはできない。
一寺参る。
また一寺参る。
それを繰り返す。
そうして気がつけば、結願する。
大きなことは、小さなことの繰り返しでしか完成しない。
巡礼をしていると、そんな当たり前のことを身体で理解するようになる。
そして巡り終えたあと、
田谷の洞窟で一人読経した。
自分にとっては、八十八ヶ所の最後に句点を打つような時間だったのかもしれない。
小さな寺の地下に、こんな場所がある
それ以上に印象に残ったことがある。
「こんな場所を、自分もいつか作りたい」
と思ったことだった。
巨大な寺院だから感動したのではない。
むしろ逆だった。
地上から見れば、一つの寺である。
ところが、その奥には地下へ続く空間がある。
そこへ入れば、真夏でも涼しく、
外の騒がしさから離れ、
一人で歩き、
祈り、
考えることができる。
寺の価値というものは、
建物の大きさだけでは決まらないのではないか。
そう思った。
大伽藍がなくてもいい。
広大な境内がなくてもいい。
有名な観光地でなくてもいい。
そこへ来た人が、
ほんの少し日常から離れ、
自分自身と向き合える。
そんな空間が一つあるだけでも、
その場所には大きな意味があるのではないか。
心は、自分の力だけで整えるものではない
「心を落ち着ける」
というと、
自分自身の精神力の問題のように考えてしまう。
もっと集中しなければ。
余計なことを考えないようにしなければ。
穏やかにならなければ。
けれど、田谷の洞窟に入ったとき、自分はそんな努力をほとんどしていなかった。
涼しい。
暗い。
静か。
声が響く。
ゆっくり歩く。
それだけで、自然と気持ちが変わっていった。
これは寺に限った話ではないじゃろう。
図書館へ行くと本を読みたくなる。
机を片づけると仕事に集中しやすくなる。
山へ行くと普段とは違うことを考える。
静かな喫茶店へ入ると、一人で考えたくなる。
人間の心は、
場所から切り離されて存在しているわけではない。
自分の意思だけで心を変えるのが難しいなら、
先に場所を変えてみる。
それも一つの方法なのかもしれん。
寺とは、何をする場所なのだろう
田谷の洞窟を出てから、
「自分がいつか寺を作るなら、どんな寺にしたいのだろう」
と考えた。

立派な本堂がある寺。
仏像がある寺。
庭が美しい寺。
歴史のある寺。
いろいろな寺がある。
けれど、この日に自分が欲しいと思ったものは、もっと単純だった。
「ここに来ると、少し落ち着く」
そう思ってもらえる場所だった。
人生には、考えがまとまらない日がある。
仕事で疲れる日もある。
人間関係で嫌になる日もある。
何をしたらよいのか分からなくなることもある。
そんなとき、
ふらっと来る。
少し坐る。
本を読む。
お茶を飲む。
何もしない。
そして、少し落ち着いたら帰る。
何かの答えを教えてくれる場所ではなく、
自分で答えを考えられる状態に戻るための場所。
そんな寺があってもよいと思う。
田谷の洞窟で感じた心地よさは、
自分が将来作りたい場所について考える、一つの原点になった。
場所は、人間より長く残る
田谷の洞窟は、一人の人間が一度に作ったものではない。

横浜市によれば、鎌倉時代以降に少しずつ広げられ、江戸時代には修繕や彫刻が加えられ、幕末ごろに現在に近い姿になったと伝えられている。横浜市役所
何世代もの人が、
掘り、
彫り、
直し、
守ってきた。
最初に洞窟を掘った人は、
2025年の夏に自分がそこで読経することなど想像もしなかったじゃろう。
けれど、その人たちが作った空間は残った。
そして何百年もあとの人間の心を落ち着かせている。
これは、すごいことじゃと思う。
人間はいつかいなくなる。
けれど、
人が作った場所は、人間より長く生きることがある。
その場所で、
知らない誰かが祈る。
休む。
考える。
また歩き始める。
それなら、
自分が作るものも、そういうものであってほしい。
自分がいなくなったあとにも、
誰かがふらっとやってきて、
少しだけ心を落ち着けられる。
そんな場所を残せたなら、
それはずいぶん幸せなことなのではないかと思う。
また歩き出すための場所
御府内八十八ヶ所を巡り終え、
田谷の洞窟で一人、読経した。
洞窟に響いた自分の声は、
しばらくすると消えていった。
読経が終われば、また静かになる。
外へ出れば、真夏の暑さが待っている。
日常もまた始まる。
けれど、
少しだけ違う気持ちで外へ出ることができた。
人には、ときどき、
そういう場所が必要なのかもしれない。
人生を変えてくれる場所でなくてもいい。
すべての悩みを解決してくれなくてもいい。
ほんの少し立ち止まり、
心を静かにして、
また日常へ戻っていく。
田谷の洞窟は、自分にとってそんな場所だった。
そしていつか、
自分もそんな場所を作ってみたい。
ふむ。
寺というものは、
答えを与える場所でなくてもよいのかもしれんのう。
人が自分の答えを見つけられるくらい、
静かになれる場所。
それだけでも、十分に意味がある。
さて。
あなたには、
何も答えを出さなくても、
ただそこにいるだけで心が静かになる場所があるじゃろうか。












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